「神様の穴」

 

目の前を歩く私に追いついた。

私は、思い切って声をかけてみたよ
「誰も見てないから、一緒に行こう」
よく見ると、前を歩いていた私の胸に穴が開いていたから
こんなところに穴が開いてる人がいるかしら?
そう思って、そう思ったら、もう聞かずにおれなかったので
「穴!」と大きな声出し指差したのよ
そうしたら、穴の開いた私は急に笑い出して
「あんたにも穴!」と言って私の胸を指差したのだから
私は驚いて、ちょうど通りかかったケーキ屋Bonのショーウィンドウに
胸を正面に真っ直ぐ立ってみたら、まんまるの穴が開いていた、ぽかんと。

「これって、大丈夫なの?」私は私に聞いてみた
「さぁ、知らない」
私は、とってもつっけんどんなのだから
「そんな、良い方しなくてもいいでしょ」と言ったら
「鳥や猫たちも穴だらけだったし、きっと大丈夫よ」と言って笑った。

「大丈夫って、どういう風に大丈夫なの?」
「満ちてくるのよ」
「満ちるって、何が満ちるの?」
「そりゃ、いろんなものが満ちるのよ」
「たとえば、どんなものなの?」
私は、そう言って、もう一人の私の顔を覗くようにしたら
「あんた、しつこい、知りたがり屋、うるさい」と怒られた。

さっきは笑ったのに、今度は怒っている
もう一人の私は、どうやら喜怒哀楽が激しいらしい
しばらく静かにしていようっと、そう思ってだまって並んで歩いた

2.300M歩いたところで、もう一人の私が
「あんた、あれ見てごらん」と電信柱を指差した。

見ると電信柱からインドの王様が顔を斜め前に突き出すようにして
此方を見ながら笑っていた、しかも顔をクルクル回しながら
「気持ち悪い」下を向くと
「さすがにやりすぎだよね」もう一人の私も下を向きながら歩いているようだった。
電信柱を通り過ぎたのを確認して、私たちはまた前を向いて歩き始めた。

「どこへ行くの?」
「何処にも行かない、満ちるのを待ってるだけ」
「私たち、同じものが満ちるの?」
「さぁ、それはわからない」
「満ちたことないの?」
「うん、穴が開いたのもはじめてだしね」
「そっか、じゃわからないね」
「うん、わからない」
「世界ってわからないことだらけだね」
「世界ってなに?」
「世界を知らないの?」
「うん、世界って何?」
「あのね、世界ってのはね・・・」
説明できると思った、説明しようとするまでは、説明できるとしか思わなかったけれど、説明できない、それが現実だった。
「海があって、山があって、川があって、動物がいて、草が生えていて、雨が降って、風が吹いて…」
「それは自然とかいうものじゃないの?」
「あ、そっか、そうだ」
「世界って何?」
携帯電話の辞書で調べてみた、便利な世の中だ。
「地球上の地域や国家だって書いてある」
「なにそれ?」
「うん、なんだろうね?」
「じゃ、此処も世界だね」
「あ、そうだね、此処も世界だ」
「宇宙も世界だ」
「宇宙は国家を形成していないから世界とは言えないかも」
「そっか、形成していないとダメなんだ」
「とりあえず、形成していないと世界じゃないんじゃない?」
「ほんとに?」
「ま、違うもしれないし、誰にもわからないけど、とりあえずの基準がないと困るじゃない」
「たしかにね、とりあえず必要だね、悩むにしろ、困るにしろ、苦しむにしろ、笑うにしろ、働くにしろ、遊ぶにしろ、基準は必要だ」
そうこうしているうちに日暮れが近づいてきたら
もう一人の私がつま先立ちになっていた
もしやと思い、私の足元を見たら
私も爪先立ちになっていた。
「つま先立ちだと歩きにくいね」声をかけてみたら
もう一人の私はぶっきらぼうに答えて
「歩いてないよ、少し浮いてる」と言った
そろっと見たら、確かに浮いていたけれど、ちょっと認めたくない真実だったので、見て見ぬふりをして、何も聞かなかったことにした。

「そろそろ満ちる時間じゃないかしら?」もう一人の私が言った
「なによ、なんだか、これでお別れみたいな言い方しないで」
「満ちたらどうなると思う?」もう一人の私が悲しそうにした
「満ちたらどうなるの?」
「私も知らない」
「私も知らないよ」

また、黙ったまましばらく歩いた
それでも、まだ黙ったままだった
いよいよ日が暮れだした
いつの間にか、胸の穴を見たケーキ屋Bonが見えてきた
私たちは、ぐるっと一周してきたのだ。
私は、もう1度Bonのショーウィンドウで胸を確かめようと心に決めた。
もう一人の私を追い越してから、ショーウィンドウの前に胸が映るように真っ直ぐ立った。
「あ!満ちてる!」
慌ててもう一人の私を見ると、もう誰もいなかった。
満ちたはずなのに切なくて淋しかった。
満ちていないときの方がよっぽど楽しかった
話し相手もいたし、知らないことを知る喜びにあふれていた。

知らないことを知る喜び
そうなのか、喜びで胸の穴は満ちたのだ。

私は、次に何処かに穴が開くのを楽しみに待つことにした
できたら、膝とか肘がいいなとも思った、洋服で隠せるから。

穴が開くのを楽しみに生きる
それがこの世界で生きるということのような気もしたし
なにしろ喜びがあふれるときの気持ち良さが忘れられなかったのだから

あの穴こそが神様のような気もしたしね
私は、これからも、もう一人の私を見逃さないようにしようと思うし
神様の穴かもしれない、あの穴を見逃さないようにしようとね、覚悟を決めたの。